こんにちは!
今日はちょくちょく(よく?)書いている息子の事をちょっとお話ししたいと思います。
長距離嫌いの母から産まれた長距離選手の息子
今では体重もうなぎ登りでスポーツマンだね!と言われていた過去の見る影もない私ですが、子供の頃からある程度の運動はできる位の運動神経はありました。
どの競技もなんとなくだけど形になる程度は出来ていたし、嫌いでもなかったのですが、長距離だけはほんとに嫌いでした。小学校の時、競技会の為の練習の1000mでも途中で諦めちゃうレベルw
中学以降はまぁ、やらざるを得ないのでそれなりに走れたりはしましたが、やはり嫌い。
そんな母から産まれた息子は、長距離走るのが苦にならない子でした。
それも幼稚園の頃から。
とある親子マラソン大会で優勝したり、個人順位も上位が多かったです。
思えばあの頃から走るの好きだったんだなぁ。。。
そんな息子の走りが大きく開花したのは中学生の時でした。
サッカー選手から長距離選手へ
幼稚園の頃から主にやっていたのはサッカーです。
サッカーに全力を注ぐ生活の中でも、幼稚園で大人の駅伝チームが立ち上がったり、叔父が昔箱根を目指して走っていたりと走るための環境はそれなりに整っていました。
つい最近までの夢は「サッカー選手」もしくは「サッカーを指導する人」。
小学生の時にラジオの企画で夢を語るコーナーがあり、それの取材を受けたときもクラブチームに入って活躍したいです。という内容だったのを思い出しました。
そのサッカー一色の息子に転機が訪れた中学2年生。
1年生の途中から体力・走力をつけたいとみんなが敬遠する駅伝部に自ら入り、(入っている子はほぼ招集された子達)芽が出始めた2年生の夏。中学駅伝大会の選手候補に入れてもらえたのです。
息子の通っていた中学は県内ではそこそこ名の知れた学校です。
もちろん練習も中学生とは言えないほどほんとにキツいし、先生も熱い。
本気で全国を目指している学校です。
その登録メンバーに選ばれるということは大きな栄誉でした。
そこから意識が変わってきたのは言うまでもありません。
登録選手からエントリーメンバーに選ばれるのは狭き門。
努力を諦めず続け、選手に選ばれ、関東大会にも出場できました。
そしてメインの3年生。今年は本気で狙える!との意気込みから先生の熱も高い高い!
それこそ血の滲む努力とはこの事だと言っても過言じゃない程努力しました。
皆が楽しんでいる中も必死に練習し、沢山の我慢をし、とうとう頂点をとることができたのでした。
そこを目指す息子の、駅伝への思い入れがその過程でぐぐっと上がったのです。
将来を見据えて進路を決めるとき、駅伝と10年以上続けてきたサッカー、どちらかを選ばねばなりませんでした。
どちらも大事です。どちらも大好きです。
信頼していた先生に助言も頂きました。
長距離選手として県内では名前が知られるようになった息子。
もっと上を目指そうと、長距離での行く先を決めたのでした。
今もとにかく走ってる
高校生になったいま、学業どうした?といいたい位、部活に励んでいます。
もちょっと勉強してほしいと願う親心w
今年は残念ながら全国出場はかないませんでしたが、来年こそは!狙いたいです。
京都行きたい。
故障で1ヶ月まともに走れなかったりと苦水を飲んでいた期間も苦しかった。
でも今日も、来年の全国を見据えてとても頑張っています。
おわりに
何故走るのか、意味がわからないわたしではありますが、走りを生業にしている方々、頑張る学生達。
みーんなを応援しています!
願わくば沿道で大声出して、必死に応援できる日が早くきますように。
それでは!
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